娘へ
ご無沙汰しております。父です。
先日、電話で少し話した内容ですが、文章にしましたので送ります。そして贈ります。
最近、大きな発見があったのです。
それは、以前からある集まりの会議で名前が挙がっていたベトナムの僧侶ティクナットハンの著書の新聞広告に目が留まったことから始まりました。
その著書とは「小説ブッダ」といい、経典に出てくるお話しを時系列に並べ、物語のように読みやすくまとめたものです。とにもかくにも読んでみよう。そう思って中身を見ることも手に取ることもなく、その分厚い本を買いました。
そして、歩くような速さで、じっくりと読みました。
すぐに、毎日の通勤帰りの楽しみとなりました。
毎日、ブッダとの旅の続きを楽しむというとても贅沢なことになっていきました。読み進むのが嬉しくまた、読んでいると心が安らぐことにも気付きました。実に優しい気持ちにもなりました。
ところが残りのページが少なくなり始めた頃から、もうすぐこの旅も終わってしまうのか、と寂しく残念に思っていましたら、本の中のブッダがおっしゃいました。
「何にでも始まりがあって終わりがあるように、この小説にも終わりがあるのですよ」と。本に書かれているのと同じことを言われてしまいました。
旅も終わりに近づいた頃、とても大切なことに気付きました。
自分はどんな人であるか?これを知るには、自分の周りの人を見れば見えてくると数年前からそう思うようになりました。
例えば、自分のわがままなところを映したのがAさん、非常に楽観的なところを映したのがBさん、意地悪な先輩Cさんや短気なDさん。
といった具合に自分のすべての性格が登場人物となって自分の周りに現れているのだ。だから自分の人生のドラマには実に多くの自分が出演しているのだと思うようになりました。
そして、この旅で自分の<仏性>を現しているのが誰なのか気付いたのです。仏様として自分を導いてくれている人です。
それは一番身近な<妻>でした。あなたのお母さんです。実に寛容で、自分よりも他人優先で、物欲もなく、我慢のできる、努力家で、見習うところ教えられることの多い人です。
妻を鏡に見立てて、自分の心を映してみると、まだまだズレているところが多く、ダブって見えます。
こんな大きな発見がありました。51年かかりました。
読書家でなかった自分が、50歳を前に急に本を読むようになったのも、この本に出会うためだったのかも知れないと思ったほど、素晴らしい本でした。
実に心安らぐいい時間を過ごさせていただき、多くの教えをいただきました。感謝でいっぱいです。
そして、自分は幸せです。感謝します。だけでは、良くないと思えてしまうのです。
幸せを囲い込み、独り占めをしていてはいけないと思うのです。
そんな人には、幸せだから考えられる役目があると思うのです。
自分の夢は、募金をもっと身近で、信頼のできる仕掛けにしたいということです。
例えば、新しい習慣として「誕生日には募金をする」というのが当たり前になったり、小遣いを貯金するように募金をするといったところまで、日常的なことにすることです。
そうやって、元々みんなが持っている優しい気持ちを育てたいのです。
まずは、TV局に企画書を出して、番組を作ること。
そしてTV局が母体になって、365日24時間信頼のできる募金の仕掛けを実現することです。
長々と大変失礼しました。人生の大発見をどうしてもお伝えしたいと思いました。
2009年7月5日
父51歳・沖縄の盛夏はもうそこまで。